最近のトラックバック

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2009年11月 | トップページ

2009年12月

2009年12月 2日 (水)

瀋陽市高官たちと会食

1124午後、教師の会の幹事をしている私たち瀋陽市人民政府の人たちに招かれて、一緒に食事をした。インターコンチネンタルホテルの横のビルにあるレストラン街のなかの店だった。

1021日に、教師の会の幹事の一人の高澤先生が、来年度の日本語文化祭の開催に、瀋陽市の後援をお願いするために市政府まで一人で出かけた。瀋陽大学の教え子の一人が瀋陽市当局の幹部の息子という伝手をたどって訪ねたそうである。

幹部に会っていろいろと説明をしたところ、そのような催し物はとても意義がある、是非後援しようと快く引き受けてくれた上に、教師会の幹事のメンバーと一緒に歓談しようと席を設けて誘われたのだった

当局の人たちが4人来て、こちらは5人。5時半から8時半まで、初めて会ったのに、じっくりと落ち着いた、そして友好的な食事会だった。高澤先生はこれで会うのは二度目だが、既に先方からは朋友扱いである。私以外飲める人たちが揃っていたのも、良かったようだ。1949年以来新しい中国だが、それでも男は飲めないと英雄にはなれないみたいだ。

来年は札幌市と友好都市締結以来30周年の節目だという。このほかには川崎市と友好都市を結んでいる。どうして札幌と友好都市になったのですか?

地理的環境が似ているが、それだけではなく、これには加藤亨さん(ずっと以前は北海道道議会議員だろうか?)の貢献が大きかったという。彼は中国生まれで、瀋陽の前身である奉天に育ち、戦後は両都市交流の架け橋として活躍したという。4年前の25周年の記念式典には、92歳の加藤さんも参加して、瀋陽市の名誉市民の名誉を送られた。

この加藤亨さんについては、その後でネットで調べたが、おそらく加藤亨さんの後継者と思われる「ちば英守北海道議会議員」のサイトで25周年の記念式典の記事を見つけたのと、加藤亨さんの名前で「瀋陽会」という日中友好促進団体があることが分かっただけだった。

http://jp.jnocnews.jp/news/show.aspx?id=12123

営々として築いていく人々の営みは、歴史の中にどんどん飲み込まれて、失われていく。

瀋陽市のお偉方と一緒に話していると、日本語文化祭のイメージは、学生が舞台で歌、劇、踊りを披露するだけではなく、催し物には豪華に賞品を出し、舞台では日本美術の紹介も行い、客席を外に出れば金魚すくいもあり、たこ焼きも売っている盛大なお祭りのイメージが段々ふくらんできた。こうなると必要な費用を何とかして集めなくてはならないことになる。

その翌日になって、ご馳走になった礼状を書いたときに、今中国からホームページがアクセスできない不便について書き加えた。

遮断されたので別に作ったホームページにもアクセスできないし、更新も出来ない。私たちのホームページが問題になっているのではなく、日本その他の各国からの情報流入とここからの発信が止められているのだと思う、とも書いた

中国のサーバーを利用すれば良いと思うけれど、日本語で使えるのか、無償サーバーを利用してきた私たちとしてはいくら掛かるのか気になるし、何しろ中国語が不自由なのでなかなか踏み出せないので、適当なサーバーが会ったら紹介して欲しいとお願いした。

すると
24日に会ったうちの一人から返事のメイルが届いた。

私が希望しているサーバーは、単なる日本語が使えるコンピューターなのか、もっと詳しい状況を聞いた上で、できる範囲でお手伝いしようという返事だった。

それでこちらは喜んで、長文の事情説明のメイルを書き送って、先方の反応を待っているところである。

20091202 山形 達也

« 2009年11月 | トップページ