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2009年11月

2009年11月24日 (火)

瀋陽日本人会の幹部との歓談

教師の会の来年の弁論大会担当のイベント係が、瀋陽日本人会の弁論大会係の人たちと初めての会合を1週間前に開いた。教師の会の弁論大会係は中の希望者がやっているのに対して、日本人会ではイベントを幹事会社に割り当てるので、日本人会からの実行委員は、やれと言うから出てきたと言う違いがある。


この会合に私は出ていないのであくまで伝聞に過ぎないが、日本人会の実行委員からはおやと思う反応があった。


教師の会側から、今までの弁論大会では受付、司会、カメラマンなど教師の会でやってきたが、今年は会員数が激減したことで手が回らないから日本人会の方で手配して欲しいとお願いをした。ところが実行委員からは、大会の成功のために、今一度教師の会でも目的意識を明確にして取り組んで欲しい、教師の会で弁論大会をやりたくなければ、考え直しても良いのだ、とまで言われたそうだ。


あれれ、あれま、という感じである。瀋陽日本語弁論大会は、だいたいが瀋陽日本人会がこの地区で日本語の普及のために始めたのだ。教師の会は実際に学校で学生の指導にあたっている先生たちの組織なので、実行部隊として必要であり、日本人会の依頼を受けて動いてきたのだった。


それなのに、教師の会がやりたいから日本人会が助けてやっているんだぞみたいな言い方はおかしい。これはつまり日本人会でも、それこそ初期の目的意識が会員から消えていて、ただ毎年何時ものようにやっています、その世話係になったけれど面倒なことだ、みたいなことになっているのだろう。


実際、商貿飯店と言う一流のホテルで開く日本語弁論大会にはのべ600人を超える聴衆が集まるが、日本人会からは、数年前高木会長の時に「せめて幹事は日曜日なんだし、せめて覗きに行きましょう」という運動の結果、数人が参加しているだけである。


日本人会こそ、大金をこの弁論大会のために使っていることだし、目的意識をはっきり持って欲しい。


それとは直接関係ないことだがちょうど同じ頃、教師の会の組織がこの秋から変わったので、新しい幹事を日本人会の幹部に紹介する儀式が必要になった。


このようなことは、数年前に会長が高木さんの時に教師の会会員を食事に全員招待して下さったことが初めてあって、その後、私たち教師の会の幹事が会長と事務局長を招待したのだった。


それも二年前のことで、それ以来私もそこには気が回らなかったが、今年はこの秋幹事の顔ぶれが変わったのを機会に、在瀋陽日本国総領事館に松本総領事を訪ねたし、今週の火曜日は日本人会の会長と事務局長を私たちが食事に招いたのだ。


もちろん顔合わせが大きな目的で、一緒に食事をして歓談するのが大事なのだ。まずは、ホームページをどうしたらいいだろうという情報交換から始まった。


教師の会は自分たちのホームページにアクセスできないことで困り抜いているが、日本人会も状況は同じなのである。調べてみると中国各地に日本人会(商工会)や教師の会があるが、無事に動いているのはサーバーを中国側においているもの、中国に日本から情報を伝えたい会社の代理を請け負っている日本のサーバー、あるいは日本政府のサーバーだけみたいである。


どうしたらいいのだろう。今までみたいに無料でなく有料になっても良いけれど、それがアクセス不能になったら全く意味はない。日本人会が良いサーバーを見つけたら教師の会も相乗りさせて欲しいものだ。


もう一つは、日本語文化祭と言う、今まで日本人会には関係のない催しがあるが、この後援に日本人会が乗り気になって欲しいというお願いである。


日本語文化祭は、元々は遼寧大学で始まった日本語を学ぶ学生たちの一年に一度の日本のお祭りだった。だんだん参加校が増えて教師の会もお手伝いをするようになり、一時は領事館も主催だったこともあった。


私はその頃の日本語文化祭に一度だけ参加したことがあるが、日本語を学ぶ学生たちのあふれるような喜びが歌、劇、踊りを通じて伝わってきて、見ているだけでもわくわくしたものだった。


弁論大会では応援の学生も駆けつけるが、本質的には個人の勝負である。それに比べると文化祭は日本語を学ぶ学生たちのはじけるような喜びがそのまま聴衆に伝わり、聴衆もそれに乗る感じで、日本語の普及にはこちらの効果の方が大きいのではないかと思えてくる。もちろんスポンサーが顔を出したってよい。


文化祭の運営に領事館が乗り気でなくなってからは、会の運営に必要な基金をどうするかという問題に直面した。昨年度は教師の会がぎりぎりの700元くらいを支援して会を開くことが出来たが、本当を言うとこの10倍欲しいところだ。


教師の会は瀋陽に進出している日本企業に日本語文化祭の意義を説いて支援をお願いしようかと考えた。ただし打診してみると、この不況で写真を減らしている記号が軒並みで、とても各企業が募金に応じられるような状況ではないだろうという。


そうなると日本人会が頼みである。日本語文化祭は日中友好親善、地域貢献事業での観点からみても、有用性だって大きいし、日本人会の事業にうってつけではないだろうか。


せっかくこうやって日本人会の幹部の方たちと顔を合わせたのだから、そのことも非公式にお願いした。正式には、幹事会でオブザーバーとして参加している教師の会の代表から申し入れることになる。


20091121山形 達也

2009年11月19日 (木)

11月の定例会は

1114日の土曜日の午後は教師の会の定例会だった。10月の薬科大学で開かれた定例会のとき次回は図書館で開催の心積もりだった。


しかし10月半ばに陳丹さんから彼女の店を教師の会の集まりに使って欲しいというメイルを戴いて24日に多田先生と山形が彼女を訪ね、今回初めて陳丹さんのお店で開いた会である。市政府の近くで瀋陽の中心にあると言っていいくらい便利な場所だ。


200911211_2

私たちは1時過ぎに着いて、机を並べたり床に新聞を敷いたりしようと思ったのだが、既に机は並べられていて20人くらいの会議は出来るようになっていた。


私たちは何しろ雪道を歩いてくるのでどうしても綺麗な床が汚れる。でも陳丹さんはどうせお店だから汚れるのですよ、そのままで良いのですよと言われてしまい、そのまま使わせて頂くことにした。


200911212 2時から始まった会議には、多田、瀬井、高澤、土屋、山形、小池、渡辺、梅木、巽、松下、石脇、有川、春日、石田、杉島、それに新しく参加の東北育才外国語学校の任絵美さんで、合計16人。休みは宇野、中野の二人。


はじめは、会議の場所が狭い、寒い、などと言う声も出たが、店は入り口のシャッターを閉めて営業中止で、店は私たちの会議のためだけに存在した。


狭いだけに、会議のために座っている会員同士の間隔がこんなに近かったことは未だかつてない。そのためにより親密な気持ちで話をすることが出来たのではないだろうか。全員から、もし陳丹さんの方でOKなら、この次もお願いしたいという声が出ていた。


200911213

会議の最後に陳丹さんとそのご家族(従兄弟だという)お二人の紹介。


5時の会議が終わって、陳丹さんも一緒に出かけたのはこれも陳丹さんに教わった原味齊という北京ダックの店(十一緯路店)。人数に比べて狭い部屋でテーブルは一つだったが、これを17人で囲んだ。それだけにこの時も人と人の間隔が近く、親密な雰囲気で食事会が出来た。


200911214
会員一人一人が陳丹さんに自己紹介をした。彼女の話も伺った。全員が陳丹さんの真摯な人柄に触れて、彼女のことをすんなりと友人として受け入れたように見受けられた。


次回の1212日土曜日の集まりも彼女の店を使わせて頂くことになった。8時散会。一人40元。


20091119 山形 達也

2009年11月14日 (土)

ホームページにアクセスできません

教師の会のホームページは現在中国からアクセス不能です。

 

教師の会のHPは、以下の二つです。

 

http://www.geocities.jp/kyoshikai_shenyang/ (20097月はじめまでアクセスできた)

http://sites.google.com/site/kyosikai09/ (200910月はじめまでアクセスできた)

 

教師の会だけではなく、瀋陽日本人会(fc2)、日本人補習学校(geocities)のHPも中国からはアクセスできません。

 

Youtubeが中国ではアクセスできないことはよく知られています。閲覧も、投稿も禁止されています。

 

世界的な共有Webである、Twitterも、FaceBookも今は中国からアクセスできません。つまり書き込みも、閲覧も出来ません。

 

Google siteGoogleHP作成ソフトを提供して誰でもHPが出来るようにしたもの)は10月初めまで中国でも使用可能でした。教師の会の第二のHPはこれで作り始めたのです。しかし、今は全くアクセスできません。つまり当局はGoogle siteを利用して個人が情報を発信することを禁じました。

 

私はアパートでケーブルテレビと契約しています。この3月突然外国の放送、つまりHBOCinemaxの外国映画の放送、FashionTVBBCNational Geogpraphicなどがすべてここではみられなくなりました。10月の再契約の時に、相変わらず見られないことを確認しました。つまり、外国の映像は国営テレビのニュースを通じてしか見られません。

 

以上のことから、中国当局は自国の人々が外に向けて発信すること、情報を受信することの両者を、強い意志を持って阻止する気でいると思われます。

 

教師の会の活動を狙って、HPを阻害しているとは思えません。ここを間違わないようにして下さい。不安におびえる必要は全くありません。

 

しかし私たちが余計な情報を持ち込もうとしたり、好ましくない情報を発信したりすることを始めると問題になると思います。私たちはこの国に滞在しているお客です。いろいろな意味で自重して欲しいと思います。

 

以下のURLHP以外のサイトで、アクセス可能です。どうか訪ねてみてください。

 

誰でも書き込み可能:

 

レス付き教師会掲示板

http://geocities.yahoo.co.jp/gb/sign_view?member=kyosikai2004

 

瀋陽お店紹介

http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gb/sign_view?member=akotan552006

 

資料室の掲示板

http://2nd.geocities.yahoo.co.jp/gb/sign_view?member=kyosikai2007

 

 

以下のURLでは係が書き込んでいます(limited):

 

教師の会日記(HP係)

http://kyoshikai-shenyang.cocolog-nifty.com/

 

活動の記録ブログ (書記係)

http://blog.livedoor.jp/kyoshikai_shenyang/

 

瀋陽日本の文化祭ブログ(文化祭係)

http://blog.livedoor.jp/kyosikai2009/

 

研修・レク係ブログ(研修・レク係)

http://blog.goo.ne.jp/kyosikai2009/

 

弁論大会係ブログ(弁論大会係)

http://blogs.yahoo.co.jp/kyosikai2007

 

20091114 山形 達也

 

 

2009年11月11日 (水)

市図書館に寄付した図書目録作成

1110日は午後4時から教師の会の幹事が集まった。多田、土屋、高澤、瀬井、山形の5人。

 

一番大きな議題は、市図書館に寄贈した図書目録をPCで作成する方法である。

 

土屋先生と高澤先生がいろいろと調べて、しかも、市図書館に何度も足を運んで、教師側の目録作成作業が図書館で出来るよう、いろいろと手順、方法を考えたのだ。

 

本にはISBNコードが付いている。これを利用すれば、書籍名、著者、発行所、年月日など市図書館が要求する項目のほとんどが入れられるはずである。

 

高澤先生はネットでいろいろと調べて「私本管理」フリーソフトを手に入れた。

 

このソフトは、ISBN番号を手入力すると、ネットの上でAmazonとつながり(Amazonが持っているデータなら)だいたい必要なデータが手に入る。

 

これをExcelに移して、その上で並べ替え、さらに手入力の必要な項目を入れると、市図書館が要求する図書目録が出来上がる。

 

バーコードスキャナーでISBN番号番号を読み取るとたちまち上記のデータがPC上に並ぶようなソフトが欲しいと思ったが、それにはお金が要るみたいで、教師の会の手に余る。

 

市の図書館で持ち込んだPCからネットにアクセスするためにはLANがなくてはならないが、それは近いうちに市側が図書室に工事をするという。

 

それがそろえば、PCを持参して市図書館の図書室で、本を見ながらを一つ一つPCに入力をしていけばいい。どのくらい掛かるか知らないが、本は6千冊足らずだから、何時かは出来上がる。

 

そこで疑問がある。

 

本の目録(資料)ができあがってそれがPCに入ったとき、本にはどのようにして印を付けておいたらいいのだろうか。本には同時に何か書き込まないと(ラベルを貼る)、一対一の対応が付かない。

 

しかし、土屋先生によると、図書館側は、いいぇ、そこまでで良いんです、そこまで出来ていればあとはこちらがやりますよ、ということなのだそうだ。

 

私たちは大いに心配しているが、どうして没問題なのか、全く理解できない。

 

ともかく、4時からの集まりを私の研究室で開いたので、マイナス5度の寒空に外出しないですむ私は楽をした。ほかの4人の先生たちは大いに気の毒だ。申し訳ない気持ちを表そうと、冷たいミカンを沢山買って待ち受けた。

 

4時少し前に土屋さんが最初に部屋に入ってきた。彼を取り巻いて冷気がどっと押し寄せて、たちまち私は凍えた。続いて入ってきた3人もあまりの寒さに呆然という感じ。校門で来客を出迎えた多田先生も、遠くから来られた先生も、ありがとうございました。

 

図書の登録についての打ち合わせ、その他を6時半にひとまず終えて、近くの又一順荘に行ってあたたかな食事を楽しんだ。一人35元。

 

20091111 山形 達也

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