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2009年9月

2009年9月28日 (月)

教師会のHPをみんなで

912日に開かれた新学期最初の定例会に私は出席できなかったが、そこでHP係に若い巽先生が責任者になると申し出て下さったという。嬉しい話である。0909281

 

22日には巽先生からメイルがあって、HPのことで会って相談しようということになった。場所としては私のオフィスがよい。

 

一番大きな目的は、教師の会のHPについて、現状のスタイル、内容、方向性がこれでよいのか、これからはどうしたらよいのかを相談することである。それと同時に目下作成中のHPに具体的にコンテンツをどうやって載せていくかの方法を具体的に伝授する必要がある。

 

このHPは数年前から私一人では手に負えなくなっていたので、弁論大会係、文化祭係、日本語クラブ編集係それぞれが、弁論大会あるいは文化祭の準備、進行状況、そして当日の結果や反省を書いてアップロードするような仕組みにした。しかしこれはほとんど成功しなかった。

 

0909282_2というのは、「ホームページビルダー」を使ったことのない人にとってはこのソフトを使うというのが大変大きな心理的バリアになるのだ。わずかに日本語クラブの編集係が1年余頑張ってくれただけである。

 

これらの更新されない分は私がやるか、あるいは手つかずのまま残るしかない。

さいわい、いまYahoo.geocitiesで作っていた教師の会のHPがここでアクセスできない。それで新しく作ろうとしているのがGoogle siteで、ここは特別なソフトなしにHPが作成できるすばらしいサイトなのだ。

 

0909283つまりHP係の巽先生だけでなく、関係者すべてに、Google siteでのHPの作り方を一緒に伝授すれば良いわけである。さらには、新しく自分のHPを作りたい人たちにも一緒に教えられる。というわけで、巽先生が関係者、そして興味ある人たちを募って集まったのが926日土曜日午後のことだった。

 

私はそれが分かってから、新しい教師の会のHPの体裁を少しでも整えて使いやすくしようと努力した。HPの現在の姿を、今ここに写真で残しておくことにしたい、だってこの先、随分と変わるだろうから。

0909284

集まったのは、巽先生、多田先生、土屋先生、高澤先生、梅木先生、小池先生である。最初にHPの歴史と概況を話して、Google siteの説明をした。驚いたことには、なんと1時間半足らずで、Google siteHPを作るやり方を全員が理解したのである。

 

090926pcclubこんな嬉しいことは初めてである。今まで何度かHP係に集まって貰って「ホームページビルダー」を使ってHPを作る方法を伝授したが、未だかつて一度も成功しなかった。

 

一部とはいえ日本語クラブのアップロードをした山田先生は元々システムエンジニアということで、PCはお手のものだった人である。

 

0909285この先、日本語文化祭、日本語弁論大会、日本語クラブなど過去の教師の会の遺産をここに入れていく作業のほとんどは私が時間を掛けてやるにしても、2008年度分や、今年度分はこうやってやり方を身につけた先生がたの手に任せられそうである

 

Google siteは偉大である。もちろんそれを可能にする回線とHDD容量と速度の拡大があってのことだが、クラウドコンピューティングの考えが広まったのと、MSの天下にGoogleが果敢に挑戦しているからこそ可能になった技術である。

 

GoogleMSに打ち勝たないと、このsiteが続かないという悪い可能性もあるわけだが、このGoogle siteの簡便性に気づいて多くの利用者が増えればGoogle siteの安泰は続くわけだ。というわけでこうやって自発的に宣伝に荷担し、Google siteの利用者がどんどん増えるよう願っている。


(右に並べてあるGoogleHPの写真はクリックすると拡大されます。20091012日以降中国からはアクセス出来ないので、私たちにとって幻のホームページになってしまいました)

20090928 山形 達也


 


2009年9月14日 (月)

教師の会のHPを新しいサイトで作り始める

私が教師の会のHPを担当することを自発的に申し出たのは、2003年の秋の新学期だった。

 

どのくらいPCやインターネットをを知っていたかというと、東京工業大学に構内にLANが張り巡らされ、インターネットのメイルアドレスが割り当てられたのが1994年だっただろうか。自前でメイルアドレスを持つためにプロバイダーに入ったのは東工大を辞める直前の1998年だったと思う。あの頃はインターネットで性的な画像を血眼になって探してはいても、個人のホームページもほとんどなかった。研究室のホームページですら、作ろうなどとは思いもしない時代だった。つまり何も知らなかった。

 

瀋陽に来て、瀋陽日本人教師の会に入ると何か役割をやらなくてはならないという規約がある。日本語の教師でもない私は戸惑いつつも、Mac1988年から使っているし、ちょうど良い、良い勉強が出来る、自分のHPが作れるようになるかもと思ってホームページ係を志願したのだった。

 

しかしそれまで使ったことのないWindowsを使う必要があり、ホームページビルダー7をまず手に入れた。Macのソフトに比べてのソフトはなんと使いにくいことかと、ぼやき続けた。

 

目の前には私が入る前に去られた瀋陽工業大学の森岡敏明先生がYahooのサーバーにHPを作ってあった。これを更新することから始めるわけだが、唯一の相棒であった河野先生は翌年の1月に帰国してしまうし、本当に泣きたい思いだった。

 

それから6年以上経った。その間ずっとこのHPを育ててきた。他人は知らず、私にとって瀋陽日本人教師の会のHPのコンテンツはどこよりも充実していると思えるくらい、かわいい我が子みたいなものだ。

 

この地ではインターネットの規制がある。ここからHPに短期間アクセスできないことはたびたびあった。昨200810月から今年の2月までの遮断は長期だった。

 

この間、何度か別のサイトに作らなくてはいけないと思いつつ、膨大な内容を移す手間に躊躇していた。そしてまた、今年の7月からアクセス不能になった。もう看過できない。

 

HP作成には特別なソフトがいるのが面倒な理由だが、ちょうど幸い、Googleが、ブログに書き込む感覚で自分のHPが作れるサイトを始めていた。これを学生の陳陽に薦められ、まず自分のHPをつくった。

 

容量は10 GBと巨大である。Yahoono 50MB20倍だ。アカウントごとにGmailが使えてこの容量は25GBである。始まった頃1GBの容量にたまげたものだが、今はもっと大きくなっている。

 

このGoogle siteは、もちろん、大容量で無料だし、htmlは不要という最大の特徴があるが、実際に使ってみると、このサイトに自分の好みのファイルをftpで送り込めないのが不便である。もちろん、写真、絵、動画を自分のファイルに付けることは自由に、簡単に出来る(この容易さと多機能ぶりはブログの中では cocologが敵うだけではないかと思う)。

 

いうまでもないが、別のウエブページにリンクを張るのは簡単である。私はサイトの中のファイルは、Googleのお仕着せで作られたものしか存在できないことに文句を言っているのだ。しかし、これも私の知識が足りないだけで、まだ大事なことに気づいていないか、あるいはうまい方法があるのかもしれない。

 

というわけで、私のHPのサイトでさらに山形研究室のHPを作り、教師の会のHPも作り始めた。そして気づいた。これらはすべて一つのIDを共有している。HPが私のもののなら良いが、教師の会のHPはいずれほかの人たちと一緒に更新するようになる。そのとき私のIDでは困る。

 

というわけで、Googleで新しいIDを作り、そのサイトで教師の会のHPを新しく作り直し始めた。必要ならこのIDでまたいくつでも別のHPを作れるのだ。Googleは凄く気前の良いことを始めたと思う。

 

それにしても広告のスポンサーがつくだけでこれだけのものを支えていけるのだろうか。あるいはメイルの内容情報などが、実はいくらでも密かに利用出来るようになっていて、だから十分ペイするのだろうか。

 

理由はともあれ、このようにGoogleが私たちのニーズを何処までも満たすようになると、インターネットの巨大なプロバイダーが、メディアを支配するようになり、新聞メディアはニュースの発信機能だけしか持てずに、そしてそれでは稼げないから、消滅するしかないという話も真実みを帯びてくる。

 

20090914 山形 達也

 

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