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2009年7月

2009年7月18日 (土)

2008年度の教師の会

2008年度瀋陽日本人教師の会の会員は、領事なので顧問という形の菊田悦二氏を除くと、以下の28人だった:

 

有川里菜、五十嵐基順、石原南盛、石脇千代子、伊藤尚美、宇野浩司、梅木愛、片山皚、熊倉亜紀子、齊藤都、瀬井康代、高澤祐一郎、多田俊明、巽保隆、田中典子、土屋登、中田富之、中野亜紀子、中野牧男、西岡豊、廣瀬元彦、藤平徳雄、松下宏、松山三恵子、山形達也、山本健治、渡辺京子、渡辺文江。

 

このほか会員と同じように会費を払っているけれど、係の分担を持たず定期的に出席しない会友が4人:

 

池本千恵、貴志豊和、坂本豊、四宮貴久。

 

6月末に2008年度の活動を終えた時点で、帰国あるいは別の場所に居を移す先生は以下の14名:

 

五十嵐基順、石原南盛、伊藤尚美、熊倉亜紀子、齊藤都、田中典子、中田富之、中野亜紀子、西岡豊、廣瀬元彦、藤平徳雄、松山三恵子、山本健治、渡辺京子。

 

従って残留組は以下の14名:

 

有川里菜、石脇千代子、宇野浩司、梅木愛、片山皚、瀬井康代、高澤祐一郎、多田俊明、巽保隆、土屋登、中野牧男、松下宏、山形達也、渡辺文江。

 

ちょうど、半分が入れ替わることになった。

 

2008期の終わりに当たる6月初め教師の会の一部の私たちを相手にして、会長の石原さんが後任の会長として若い先生を推薦したい、教師の会はちょっと淀んでいるので、人事を刷新することによって新しい風を導入し、若い人の発想で遠慮なくやって欲しいと言い出した。

 

これは、会則で会長は毎期の最初の定例会で選出するときめられているが、初めての顔合わせで誰かを選ぶという困難に代えて、あらかじめ前年度の執行部が候補を推薦するのが慣例となっているためである。

 

しかし「教師の会はちょっと淀んでいるので、人事を刷新することによって新しい風を導入」したいなんて言うのは、第2期目に入る時か、あるいは停滞していてそれが自分の責任だと思った時点で言うべきことだろう。

 

今、日本の政局に熱い目が集まっている。一つは長い間続いた自民党と公明との政権基盤が崩れて、民社党に日本の政治の場を引き渡す時期が来たと誰もが思っている。

 

もう一つは、小泉の後の首相が安部、福田といずれも1年で政権を投げ出し、その後の麻生が任期前にのたれ死にしてしまうのではないかと、野次馬としてはこんな面白い見物はない。

 

それにしても自民党内部の分裂ぶりは凄い。マニフェストというのは私たちはこうしますという政策を書くことだと思う。つまり政党一つあたり1種類のはずだ。それが各会派ごとにマニフェストができそうなおかしな雰囲気だ。本来別の政党となるべきなのが政権維持という形で一緒に集まったのが自民党であることをこれほど赤裸々に暴露していることもないだろう。

 

(今の時点では721日に衆議院解散で、830日が投票だそうだ)

 

話がずれた。日本人教師の会はただの同好会である。瀋陽で教育と研究に従事している日本人が集まって助け合いましょうというのが目的だ。

 

今は会長という言葉を使っているが、数年前までは、内部では連絡係、外に向けては代表という言葉だった。会長というと重みがあって、なった人は会長と言う名前にふさわしく振る舞わなくっちゃと言うことになって、おかしなことにもなる。

 

できることなら、会長という名前は止めて、以前のように連絡係に戻したらどうだろうかと個人的には思っている。次の会長には申し訳ないけれど。

 

20090717 山形 達也

 

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